賃上げ促進税制の税額控除の適用要件とは?|対象者や適用範囲、注意すべき点も解説!

賃上げ促進税制の税額控除の適用要件とは?|対象者や適用範囲、注意すべき点も解説!
目次

令和4年の税制改正により、賃上げや人材育成に積極的な企業を支援する所得拡大促進税制が「賃上げ促進税制」に改められました。

同制度は従来の所得拡大促進税制から適用要件が緩和され、税額の控除率も大幅に増加しています。

そこで、本記事では中小企業向けの賃上げ促進税制の概要や適用要件、従来の制度からの変更点等を確認していきます。給与水準のベースアップや社員の定期昇給等を検討中の方は、ぜひ一度確認してみて下さい。

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賃上げ促進税制の概要について

賃上げ促進税制は、従業員の賃上げ・人材育成等に積極的に投資する企業に対して、法人税や所得税の税額控除を行う制度です。

条件を満たせば、大手企業は賃上げ増加分の最大35%(中小企業は最大で45%)の税額控除が可能となるため、企業にとって大きな負担軽減策となります。

本税制は2013年に制定された所得拡大促進税制が基であり、令和4年度の税制改正を通じて制度内容が整備・拡充されました。適用は法人の場合2022年4月から2024年3月までに開始の各事業年度で、個人の場合は2023年と2024年が対象となります。

賃上げ促進税制は、節税のメリットだけではなく、上手く活用すれば従業員のスキルアップ・優秀な社員の確保・人材流出の抑制等に繋がります。

さらに、福利厚生の充実や人材育成の活発化を図る上でも欠かせない制度と言えるでしょう。

なお、本制度は所得拡大促進税制と比べると条件緩和で利用しやすくなっています。今後、人材育成や賃金アップを検討している場合は活用を検討しましょう。


中小企業向け賃上げ促進税制の対象となる企業とは?

中小企業向けの賃上げ促進税制の対象には、主に以下の要件を満たす法人や個人事業主、組織等が該当します。


資本金や出資金、従業員数が一定数以下である法人

法人では以下に該当する企業が本税制の対象です。

① 資本金額又は出資金額が1億円以下である法人

② 資本や出資がない法人で、常時使用している従業員数が1,000人以下の法人

ただし、①では同一の大規模法人(資本金額又は出資金額が1億円を超える法人や、資本や出資がない法人で常時使用の従業員数が1,000人超である法人)から2分の1以上の出資を受ける法人や、2つ以上の大規模法人から3分の2以上の出資を受ける法人は除外されます。


常時使用の従業員数が1,000人以下である個人事業主

個人については、青色申告書を提出している個人事業主で従業員数が1,000人以下であれば制度の対象です。白色申告は対象とならないため注意しましょう。

なお、前述の法人の条件も含めて対象となるのは、事業年度の末日までに要件を満たしている場合に限られます。


特定の協同組合や連合会などの組織

法人や個人事業主以外では、以下に挙げる組織などが本税制の対象になります。

  • 中小企業等協同組合
  • 農業協同組合
  • 農業協同組合連合会
  • 内航海運組合
  • 内航海運組合連合会
  • 漁業協同組合
  • 漁業協同組合連合会
  • 水産加工業協同組合
  • 水産加工業協同組合連合会
  • 森林組合
  • 森林組合連合会
  • 出資組合である生活衛生同業組合
  • 出資組合である商工組合および商工組合連合会


中小企業向け賃上げ促進税制の適用要件

中小企業向け賃上げ促進税制には、通常要件が1つと上乗せ要件が2つ存在します。概要は以下のとおりです。

  • 通常要件 → 雇用者への給与等支給額が前事業年度比で1.5%以上増加
  • 上乗せ要件① → 雇用者への給与等支給額が前事業年度比で2.5%以上増加
  • 上乗せ要件② → 教育訓練費の金額が前事業年度比で10%以上増加

なお、上記の要件は個別に適用できるため、併用すれば最大で40%の税額控除を適用できます。適用条件は以下で解説しますので、詳細を確認しておきましょう。


通常要件の適用条件と控除率

通常要件では、雇用者給与等支給額が前事業年度に比べ1.5%以上増加している場合に適用できます。対象は正社員給与だけでなく、パートやアルバイト社員に対する給与も該当します。

また、継続雇用されている従業員以外では、日雇い労働者に支払う分も対象となります。

ただし、法人の場合は役員やその親族に対する給与・報酬等は含められないため注意しましょう。同様に個人事業主の場合も、事業主の親族への支給は対象外となります。 

なお、雇用者給与等支給額の増加率は下記の計算式で算出可能です。

〇 (雇用者給与等支給額 - 比較雇用者給与等支給額) ÷ 比較雇用者給与等支給額

雇用者給与等支給額は適用年度においての給与等支給額であり、比較雇用者給与等支給額は前事業年度においての給与等支給額を指します。したがって、計算例では以下のようになります。

<計算例>
〇 適用年度の支給額(=雇用者給与等支給額):4,150万円
〇 前事業年度の支給額(=比較雇用者給与等支給額):4,000万円
〇 増加率:(4,150万円 - 4,000万円)÷ 4,000万円 = 0.0375(3.75%)

条件である1.5%以上の増加となっていますので、本ケースでは増加額の150万円に対する15%分の法人税額または所得税額の控除を受けられます。


上乗せ要件①の適用条件と控除率

同様に上乗せ要件①の適用条件でも、前述の計算式で算出した増加率が判定材料になります。上乗せ要件①では増加率が2.5%以上の場合に適用が可能です。

したがって、前述の計算例では増加率が3.75%でしたので、本要件も満たしています。 

上乗せ要件①の控除率に関しては追加で15%となりますので、通常要件の15%分に加えて合計で30%を税額控除で差し引くことができます。


上乗せ要件②の適用条件と控除率

上乗せ要件②は、教育訓練費が前事業年度に比べ10%以上増加している場合に適用されます。適用されるのは、国内雇用者が職務を遂行する上で必要となる技術や知識の習得に要した費用です。

主に外部での施設利用料やセミナー講習費などの支出が該当します。 

なお、上乗せ要件②の適用では控除率が10%上乗せとなります。そのため、通常要件(15%)と併用の場合は合計で25%、上乗せ要件①(通常要件と合わせて30%)と併用の場合には合計で40%の控除率となります。


所得拡大促進税制から変更された3つのポイント

賃上げ促進税制は、2013年に制定された所得拡大促進税制から引き継がれた制度です。令和4年の税制改正によって所得拡大促進税制が見直され、適用条件の緩和や内容拡充が行われました。

なお、所得拡大促進税制からの変更ポイントは以下のとおりです。 

  • ① 上乗せ要件の緩和と控除率の増加
  • ② 経営力向上要件の廃止
  • ③ 教育訓練費の明細書の保存義務 


① 上乗せ要件の緩和と控除率の増加

従来の所得拡大促進税制の場合、上乗せの適用を受けるためには、雇用者給与等支給額の前年度比2.5%増加と教育訓練費の前年度比10%増加の両方を満たす必要がありました。

また、上乗せは10%の増加のみでしたので、通常要件と併用しても最大で25%の控除率しか適用できなかったのです。

しかし、令和4年の税制改正で条件緩和され、雇用者給与等支給額の2.5%増加の要件と教育訓練費の10%増加の要件が個別に適用可能となりました。

これにより、最大で40%という大幅な控除率の適用を受けられます。


② 経営力向上要件の廃止

所得拡大促進税制では、上乗せ要件の適用を受けるために教育訓練費の前年度比10%以上の増加、もしくは経営力向上の計画認定及び証明のどちらかが必要でした。

経営力向上計画は、自社の経営力を向上させるための計画であり、認定されれば税制や金融の支援等を受けられます。

しかし、作成には手間や時間が掛かり事業者には大きな負担となっていました。また、上乗せ要件の適用のためには経営力向上の証明として報告書を作成・提出する手間もあったのです。

したがって、所得拡大促進税制の見直しにより経営力向上の要件が廃止となり、上乗せの要件が緩和されました。


③ 教育訓練費の明細書の保存義務

教育訓練費の増加で上乗せを受けるために必要な「明細書」の取扱いも、所得拡大促進税制から変更があった点の一つです。

従来の場合、教育訓練の時期や内容等を記載した明細書を、確定申告書に添付して提出する必要がありました。

しかし、賃上げ促進税制においては提出の規定がなくなり、手元での保存義務のみとなっています。


賃上げ促進税制を適用する際の注意点

賃上げ促進税制では大幅な税額控除を適用できるメリットがあります。しかし、適用の際には注意すべき点もありますので確認しておきましょう。

主な注意点として、以下のような事項が挙げられます。

  • ① 対象範囲や補助金等を受けている場合は注意が必要
  • ② 適用年度と前事業年度で月数が異なる際には調整
  • ③ 資金繰り悪化や十分な節税効果を得られないリスク 


① 対象範囲や補助金等を受けている場合は注意が必要

当該制度では対象となる人物や範囲には注意する必要があります。前述の通常要件と上乗せ要件①での対象である「国内雇用者」には、短期で海外勤務をしている方も含まれるため気を付けましょう。 

具体的には、海外勤務の方でも国内事業所で作成された賃金台帳に記載があり、給与等を支払った場合には対象者となります。 

さらに、上乗せ要件②の教育訓練費の対象者や範囲には規定があるため注意しましょう。主に法人の役員・個人事業主はもちろん、その特殊関係者も対象者になりません。

費用の範囲に関しては、教材の購入や制作費用、教育訓練に関連して生じた旅費・交通費・宿泊費等は該当しないため注意が必要です。

また、雇用者への給与支払いのために補助金等を受けている場合も気を付けましょう。

前述した雇用者給与等支給額は、国や自治体からの助成金・補助金等を受けて給与支給している場合、その金額を差し引いて計算する必要があります。 

制度の対象や計算方法には細かなルールがありますので、適用を検討する際には「中小企業向け賃上げ促進税制ご利用ガイドブック」も確認しておきましょう。


② 適用年度と前事業年度で月数が異なる際には調整

前述した雇用者給与等支給額の増加率の計算において、適用年度と前事業年度で月数が異なる場合には、比較雇用者給与等支給額の調整を行う必要があります。以下ではケースごとに計算式と計算例を紹介していますので、ぜひチェックしてみて下さい。


<前事業年度の月数が適用年度の月数を超えているケース>

  •  計算式:前事業年度の給与等支給額 × 適用年度の月数 ÷ 前事業年度の月数
  • 計算例
    → 2,000万円(前事業年度の給与等支給額)× 6カ月(適用年度の月数)÷ 12ヵ月(前事業年度の月数)= 1,000万円(調整後の比較雇用者給与等支給額)

<前事業年度の月数が適用年度の月数に満たないケース(前事業年度が6カ月以上の場合)>

  • 計算式:前事業年度の給与等支給額 × 適用年度の月数 ÷ 前事業年度の月数
  • 計算例
    → 2,000万円(前事業年度の給与等支給額)× 12カ月(適用年度の月数)÷ 6ヵ月(前事業年度の月数)= 4,000万円(調整後の比較雇用者給与等支給額)

<前事業年度の月数が適用年度の月数に満たないケース(前事業年度が6カ月未満である場合)>

  • 計算式:A × B(① ÷ ②)
    ・Aについて → 適用年度開始日の前日~過去1年(適用年度が1年未満の場合は適用年度の期間)以内に終了した各事業年度に係る雇用者給与等支給額の合計額
    ・Bについて → ① 適用年度の月数 ÷ ② 適用年度開始日の前日~過去1年(適用年度が1年未満の場合は適用年度の期間)以内に終了した各事業年度の月数
  • 計算例
    → 2,000万円(上記A)× 12カ月(上記①)÷ 15ヵ月(上記②)= 1,600万円(調整後の比較雇用者給与等支給額) 


③ 資金繰り悪化や十分な節税効果を得られないリスク

賃上げ促進税制の適用を受ければ、控除率に応じた税額控除を受けられるメリットがあります。しかし、控除ができるとしても賃上げによる給与支払いの負担は増加します。また、給与が上昇すれば企業負担の社会保険料も大きくなってしまいます

したがって、賃上げ促進税制を受ける際には、十分な資金余力と安定した資金繰りができる見込みが必要でしょう。 

また、そもそも法人税や所得税の支払が少ない場合は、本税制を適用するメリットが低くなります。節税効果は事前に検証して適用するか決めましょう。


監修者コメント

中小企業向けの賃上げ促進税制の改正は、賃上げや人材育成を積極的に行う企業を支援する重要な措置です。特に、税額控除率の増加や適用要件の緩和は、中小企業にとって大きな負担軽減策となります。

この制度を活用することで、企業は節税だけでなく、従業員のスキルアップや優秀な人材の確保、人材流出の抑制などにも繋がります。

各企業は昨今の人材不足から、募集をしても人が集まらない採用難、優秀な社員の転職などに苦しんでいます。この賃上げ促進税制を活用して他社より少しでも魅力的な選ばれる企業になれるよう取り組んでいくことをお勧めします。


賃上げ促進税制は制度を理解した上で活用を検討しましょう

中小企業向けの賃上げ促進税制の概要、適用要件や注意点も解説しました。当該制度は、税額控除で賃上げや人材育成の費用負担を大きく軽減できるメリットがあります。

しかし、十分に制度内容を理解しておかないと、適用ができない・期待していた効果が得られない等の問題も発生します。

したがって、制度を適用する際には本記事の内容やガイドブック等を確認した上で、上手く節税効果が得られるように手続きを行いましょう。


ヒトクル編集部
記事を書いた人
ヒトクル編集部

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社会保険労務士法人レクシード 鈴木教大
監修した人
社会保険労務士法人レクシード 鈴木教大

社会保険労務士法人レクシード代表。

沖縄から北海道まで数百社にのぼる顧問企業の支援実績から、労使トラブル対応など、特定社会保険労務士として現実的な解決策提示・予防措置提案を行うエキスパートとして定評がある。

企業の労務を“予防”という視点からサポートすることに力を入れており、労働保険・社会保険関係の手続きから給与計算、クラウド勤怠管理、行政対応、リスク回避型の就業規則作成支援、退職勧奨支援、労働組合(ユニオン)対応から人事労務デューデリジェンスなどの高難易度のものまで対応、幅広く企業の人事サポートを行っている。

社会保険労務士法人レクシード:https://www.rexseed.jp/