労働安全衛生法をわかりやすく解説|2023年改正内容を踏まえたポイントとは
人事部の業務において、労働者にとって働きやすい環境を提供するための法律である、労働安全衛生法( 安衛法)への理解は重要です。
労働安全衛生法は、昭和47(1972)年の法令交付後も数多く改正されている法律で、2023年4月1日には関連省令である労働安全衛生規則の一部改正も行われています。
この記事では、労働安全衛生法について情報収集の必要性を感じている人事担当者の方・経営者の方向けに、労働安全衛生法の概要・政令や省令との関連性、事業者が遵守すべき事項、法改正についてわかりやすく解説します。
労働安全衛生法とは
労働安全衛生法とは、労働者が職場で働く上で安全・健康に働けるよう、職場環境を快適なものにするため制定された法律です。略称として通称「安衛法」と呼ばれることもあります。
具体的には、労働災害の防止を目的として、
- 危害防止基準を確立すること
- 責任体制を明確化すること
- (企業・組織の)自主的な活動を講じること
上記における事業者側の責務などについて定めています。
労働安全衛生法が制定された背景
労働安全衛生法が制定された1972年以前、例えば1960年代は、日本における高度経済成長期でした。
設備投資や技術革新により新たな需要が生まれ、日本製品が海外に輸出される中、国民総生産が世界第2位へと躍進する状況にまで発展した時期です。その一方で、急速な成長による歪みが社会に生まれ、労働災害や公害病など負の面も表に出るようになります。
真面目に働いているのに、国民が仕事を理由に亡くなってしまうという状況を改善するため、国は労働災害を防止すべく労働安全衛生法を制定しました。
このような取り組みによって、労働災害は大幅に減少しましたが、現代でも時代の移り変わりとともに新たな労働問題が顕在化しています。そのため、法律制定後も都度改正が行われています。
労働基準法との違い・関係
労働安全衛生法と労働基準法は混同されやすいですが、それぞれ異なる法律です。
人事や経営に携わるセクションにとって、労働安全衛生法以上に重要視すべき法律として労働基準法があげられます。
そもそも、労働者の安全・衛生に関する条文は、労働基準法の第5章に定められていたものであり、労働基準法第42条には名残として「労働者の安全及び衛生に関しては、労働安全衛生法(昭和四十七年法律第五十七号)の定めるところによる。」旨が記載されています。
しかし、労働災害・公害病などの社会問題が深刻化したことにより、労働安全・衛生に関する条文を分離独立する形で労働安全衛生法が生まれました。
つまり、労働安全衛生法は、労働基準法における安全・衛生分野について、より踏み込んだ・詳細な内容を盛り込んでいると解釈できます。
労働安全衛生法における“労働者”とは
労働安全衛生法は、労働基準法から分離独立した法律です。したがって、労働基準法で規定されている労働者が、労働安全衛生法の対象となる労働者と解釈して問題ありません。
具体的には、事業者が労働の対価として賃金を支払っている労働者が、労働安全衛生法の対象となります。ただし、以下のケースについては、労働安全衛生法における労働者の対象外です。
- 同居の親族のみを使用する事業
- 事務所に使用される人
- 家事使用人(個人の家庭において、その家族の指揮命令のもとで家事全般に従事している人)
- 船員法の適用を受ける船員
また、鉱山で働く労働者は、労働安全衛生法の対象となります。
労働安全衛生法における“事業者”とは
労働者同様、事業者に関しても、労働安全衛生法で定義されています。何らかの事業を行っており、労働者を使用する立場であれば、労働安全衛生法上の事業者に該当します。
よって、企業のほとんどに労働安全衛生法が適用されることになります。
詳しくは後述しますが、労働者が50人以上の事業に関しては、衛生管理者の選任・衛生委員会の設置などが義務付けられています。
また、2023年4月1日の法改正によって、一人親方などにも一定の保護措置が義務付けられています。
労働安全衛生法施行令・労働安全衛生基準について
労働安全衛生法を理解する上で、労働安全衛生法施行令・労働安全衛生基準を無視することはできません。
以下、それぞれの概要や、労働安全衛生法との関連性について解説します。
労働安全衛生法施行令とは
労働安全衛生法施行令とは、労働安全衛生法の中で規定された事項について、それらを円滑に実施するための細則を定めたものです。
分類としては「政令」に該当し、憲法・法律の規定を実施するため、内閣が制定する命令となります。
内容は多岐にわたり、次のようなことが定められています。
- 各種用語の定義(各種設備・容器など)
- 各種管理者を設置すべき事業場(統括安全衛生管理者・産業医など)
- 製造等が禁止される有害物等(黄りんマッチ・石綿など)
- 有害業務に従事する従業員の健康診断(医師による特別の項目について)
- 就業制限の対象となる業務(クレーンの運転その他の業務で、政令で定めるもの) など
労働安全衛生規則とは
労働安全衛生規則とは、厚生労働省が発行した省令で、通称として「安衛則」と呼ばれることもあります。
省令とは、各省の大臣が発した命令のことで、政令である労働安全衛生法施行令をベースに構成したルールと考えて差し支えありません。
労働安全衛生規則は、通則・安全基準・衛生基準・特別規制の4編に大きく分かれており、多くの業種・職種に共通する事項をまとめています。
具体的には、以下の7つの事項が重要です。
- 安全衛生管理体制(安全管理者・衛生管理者の選任など)
- 機械等・危険物および有害物に関する規制(防毒マスクに関する規定や有害性の調査など)
- 安全衛生教育(雇用時・作業内容変更時・危険作業や有害作業に就く時の教育など)
- 就業制限(無資格者が特定の危険な業務に従事しないことなど)
- 健康の保持や増進のための措置(健康診断や面接指導に関することなど)
- 安全衛生改善計画(重大な労働災害を発生させた事業者の、特別安全衛生改善計画の作成に関することなど)
- 特別規制(特定元方事業者・機械等貸与者・建築物貸与者に関する特別な規制)
労働安全衛生法・労働安全衛生法施行令と合わせて、遵守すべき事項は数多く存在するため、企業は現場など社内での周知に努める必要があります。
労働安全衛生法に違反した場合の罰則
労働安全衛生法に違反した事業者には、以下のような罰則が課せられる場合があります。
違反内容の一例 | 罰則 |
---|---|
作業主任者選任義務違反 | 6ヶ月以下の懲役又は50万円以下の罰金 |
無資格運転 | 6ヶ月以下の懲役又は50万円以下の罰金 |
安全衛生教育実施違反 | 50万円以下の罰金 |
労災報告義務違反(虚偽報告) | 50万円以下の罰金 |
労働安全衛生法違反の各種事例について
労働安全衛生法違反で送検された例は少なくなく、労働災害が起こった現場も様々です。万一が起こった際は、代表取締役・現場責任者などが責任を負う形となりますから、現場を確認して以下のような事態が起こらないよう注意したいところです。
墜落災害
2階建て木造家屋の解体工事中に、屋根上で瓦を除去する作業中の労働者が地上に墜落して死亡した事案です。
屋根から地上までの距離はおよそ6mで、個人事業を営む代表者は、労働者の墜落防止措置(安全帯の使用など)を講じていませんでした。
危険防止措置をとっていなかった上記ケースでは、6ヶ月以下の懲役または50万円以下の罰金の対象となります。
刑罰だけの問題でなく、代表者自身の信用にも関わってくるため、絶対に避けたい災害です。
爆発事故
石油化学製造工場において爆発が起き、作業員が亡くなった事案です。
労働安全衛生法違反はもちろんのこと、業務上過失致死傷としても起訴されており、企業には罰金50万円が課されました。
また、現場を統率する立場である製造部製造課の課長には、禁固2年(執行猶予3年)の判決が出ています。
特別教育の未実施
つり上げ荷重が5t未満のクレーンを運転する業務につき、労働者が担当する前に特別教育を行っていなかった事案です。
労働安全衛生法第59条、労働安全衛生規則第36条に違反し、6月以下の懲役または50万円以下の罰金の対象となります。
クレーンの運転は、周囲で作業を行っている労働者や、場所によっては一般の歩行者などにも関係してくる作業です。
ひとたび操作を誤れば、多くの人の命が失われる可能性もあり、未教育という状況は”あってはならないこと”だと言えるでしょう。
労働安全衛生法における遵守事項について
事業者が労働安全衛生法を遵守するにあたり、以下、特に重要なものをピックアップしてご紹介します。
管理者・責任者等の配置
労働安全衛生法では、安全衛生管理体制の整備につき、職場の規模や作業内容などに応じて管理者・責任者を配置することを義務付けています。
もちろん、誰でも管理者・責任者という立場になれるわけではなく、企業の安全衛生管理体制を構築・維持できる人材を充てなければなりません。
スタッフの配置が義務付けられている、主な管理者・責任者等の種類について表にまとめました。
名称 | 概要 |
---|---|
統括安全衛生管理者 | 一定の規模以上の事業場における、事業の実質的な統括管理者。労働者の危険・健康障害の防止につき、措置等を統括・管理する立場。統括安全衛生管理者の下には安全管理者・衛生管理者がつく。 |
安全管理者 | 統括安全衛生管理者が行う業務のうち、安全に関する技術的な部分を管理する立場。常時50人以上の労働者を使用する特定の業種の事業場が対象。 |
衛生管理者 | 衛生に関する技術的事項の管理を行う立場。具体的には、健康障害の防止も含め、労働者が危険にさらされないような措置を講じたり、安全・衛生に関する教育を実施。常時50人以上の労働者を使用する事業者は、その事業場において専属となる衛生管理者の選任が必要。 |
安全衛生推進者・衛生推進者 | 常時10人以上50人未満の労働者を使用する事業場では、安全衛生推進者、または衛生推進者を選任が必要。業種によってどちらを専任するかは異なる。 |
産業医等 | 労働者の健康管理につき「医学的な立場」からアドバイスを行う医師。常時50人以上の労働者を使用する事業場では、産業医を選任して労働者の健康管理等を行わせる義務がある。 |
作業主任者 | 労働災害防止のために管理を必要とする作業につき、区分ごとに選任が義務付けられている。都道府県労働局長の免許を取得した人・一定の技能講習を修了した人の中から選任。 |
統括安全衛生責任者 | 複数の関係請負人の労働者が一緒に働いている場所で、労働災害の防止における指揮・統括管理を行う立場。対象業種は、建設業・造船業。 |
元方安全衛生管理者 | 統括安全衛生責任者が従事する業務のうち、技術的・具体的事項の管理のため選任される。統括安全衛生責任者を選任している事業者は、元方安全衛生管理者の選任も必要. |
委員会の設置
事業者は、事業場の規模や業種に応じて、安全委員会・衛生委員会を設けなければなりません。
委員会を設置する目的は、労働者の意見を事業者に伝えるためです。
衛生委員会は、常時雇用する労働者数が50人以上の場合、すべての業種で設置しなければなりません。
ただし、安全委員会に関しては、特定の業種以外は設置の必要がなく、業種によって義務となる規模(常時使用する労働者の数)にも違いがあります。
ちなみに、安全委員会と衛生委員会の設置が必要になった場合、それらをひとまとめにした「安全衛生委員会」を代わりに設置することも認められます。
安全衛生教育の実施
事業者は、業種・職種・雇用形態を問わず、労働者を新たに雇用したり作業内容を変更したりした際は、安全衛生教育を実施する義務があります。
労働者が従事する業務について、安全・衛生の観点から必要な事項につき、教育を行います。
また、一定の危険・有害な業務に労働者が従事する際は、当該業務に関する安全・衛生の特別教育を行います。
特に危険・有害な業務に関しては、必要な資格を持たない労働者が業務に就くことはできません。
安全衛生教育に関しては、職場環境の安全確保のための対策と、労働者の業務遂行能力を向上させるための対策の2種類があります。
技能講習の種類も数多く存在するため、自社で必要となるものを事前に確認する必要があるでしょう。
労働災害を防止するための措置
事業者は、労働者が危険にさらされることや健康被害を受けることを防ぐため、いわゆる労働災害防止のための措置を講じなければなりません。
具体的には、機器・危険物(爆破物など)・電気や熱などのエネルギーに関する危険について、何らかの形で労働災害防止に向けた施策が求められます。
また、ガスや粉じん、放射線や超音波など、通常とは著しく異なる環境下で勤務する際に起こり得る健康障害を防ぐため、必要な措置をとることが義務付けられています。
より具体的な措置に関しては、労働安全衛生規則に規定されています。
一例として、高さ2メートル以上の高所作業において、作業床の設置が困難な環境では、労働者は安全帯を着用しなければなりません。
高所での作業を行う際は、誰でも墜落の危険性があり、最悪の場合は労働者が死に至るおそれもあるからです。
もちろん、事業者側が労働者に安全帯を着用するよう指示した場合、労働者はその指示に従わなければなりません。
リスクの特定・分析・評価(リスクアセスメント)
事業者は、労働災害防止対策を講じるにあたり、考え得るリスクの特定・分析・評価を行う必要があります。
具体的には、リスクアセスメントを進め、その結果に基づく措置の実施に取り組むよう努めなければなりません。
リスクアセスメント・およびその結果に基づく措置に関しては、以下一連の手順が該当します。
- 事業場に存在する危険性
- 有害性を洗い出して特定すること
- 洗い出した危険性・有害性による労働災害
- 健康障害の重篤性、およびその災害が発生する可能性の度合いを組み合わせ、リスクを見積もること
- 見積もったリスクを低減するために、それぞれの優先度を設定後、リスク低減措置について検討すること
- 実際に措置を実施して、結果を記録すること
リスク低減措置に関しては、法定事項を最優先に検討し、そこから危険性・有害性の除去や本質的対策、工学的対策、管理的対策、個人向け保護具使用といった順位で検討していきます。
例えば、真っ先にマニュアルの整備を考えるのではなく、法的に問題はないかどうかチェックした後、危険性・有害性をどうなくしていくのかを検討することが大切です。
製造時等検査
製造時等検査とは、安全性を確認する必要のある、特に危険な作業を必要とする機械(特定機械等)について、その製造時に規格に合っているかどうかを確認する検査のことです。
特定機械等の製造者・輸入者に加えて、長期にわたり未設置だったものを設置する場合や、いったん廃止した後で再設置・再使用をする際は、都道府県労働局長の検査を受けなければなりません。
そもそも特定機械等は、あらかじめ都道府県労働局長の許可を受けなければ製造できないもので、ボイラーやクレーンなど「設計・製造時点で不備があると大災害に発展するおそれがある」機械等が該当します。
また、ボイラー・第一種圧力容器の製造時等検査に関しては、原則として厚生労働大臣の登録を受けた機関「登録製造時等検査機関」が行います。
ただし、登録製造時等検査機関による実施体制が十分ではない場合は、都道府県労働局長による製造時等検査が行われます。
定期自主検査
定期自主検査とは、ボイラー・クレーンなど特定の機械等につき、事業者が定期的に検査を行うことです。
具体的には、労働安全衛生法施行令第15条第1項で指定された機械等につき、使用開始後から一定期間ごとに機能面で問題ないかどうか検査する必要があります。
検査結果に関しては、最低3年間の保存が義務付けられています。
危険物および有害物の取扱・表示について
労働者にとって危険なもの・有害であるものを取り扱う際は、容器・包装に次のような内容を記載する義務が生じます。
- 名称
- 人体におよぼす作用
- 貯蔵・取扱における注意 など
労働者が取り扱う際に、その中身が爆発物であることがわからなかったり、人体に害がある物質が入っていると知らなかったりすると、本来想定される用途とは異なる使い方をされる可能性は否定できません。
よって、危険物・有害物の取扱・表示に関しては、どの事業場でも十分に注意が必要です。
就業制限
労働安全衛生法では、特定の業務について就業制限を設けています。
ここでの就業制限とは、何らかの免許を保有している人・技能講習を修了した人などに限り、就業を認める業務があるということです。
具体的な就業制限業務としては、発破作業・ボイラー関係・ガス溶接などの業務があげられます。
自社の労働者を新たに就業制限業務に従事させる場合は、労働安全衛生法施行令・労働安全衛生規則を確認しましょう。
計画の届出
事業者は、労働者が使用する機械等のうち、危険・有害な作業に関連するものについて、設置・移転・主要構造部分の変更につき労働基準監督署長に届け出る必要があります。
単純に、危険・有害な作業を要する機械についてだけでなく、危険な場所で使用するケース、危険・健康被害を防止する目的で用いるものについても、届出の対象となります。その際は、工事開始の30日前までに届け出なければなりません。
なお、建設業・土砂採石業に関しては、他にも届出義務が生じるケースがあります。
重大な労働災害が生じるおそれのある大規模な仕事に関しては、仕事を開始する30日前までに届け出なければなりません。
また、高さ31mを超える建築物・工作物(橋梁を除く)の建設など、労働安全衛生規則第90条に記載されている仕事に関しては、仕事を開始する14日前までに届出が必要です。
健康の保持増進のための措置
労働者が健康的に働けるよう、事業者には健康の保持増進のための措置をとることが求められます。
具体的には、良好な作業環境の管理、作業の適切な管理、労働者の健康状態の管理(措置を講じることも含む)が重要です。
良好な作業環境の管理
有害な業務に労働者を従事させる一定の作業場では、作業環境測定を行わなければなりません。
作業環境測定とは、作業環境の実態について把握するとともに、必要な対策を講じるための情報収集を目的とした測定です。
実際に作業環境測定を行う場合は、自社で雇用している作業環境測定士、もしくは作業環境測定機関に委託する必要があります。
作業環境測定の結果については、厚生労働大臣の定める「作業環境評価基準」に従って評価を行います。
作業の適切な管理
労働者の健康保持のためには、働く中で健康を著しく害することがないよう、事業者が労働者の従事する作業について適切に管理するよう努めなければなりません。
例えば、いわゆる「職業病」を防止するには、作業場の物理的要因へのアプローチとして、機器の改良・標準的な作業の流れの確立などが有効です。
しかし、せっかく作業場の状況を改善できたとしても、労働者の作業時間が延びてしまったら、それは作業の適切な管理につながっているとは言えません。
この点について労働安全衛生法では、潜水業務その他の健康障害を生ずるおそれのある業務につき、事業者が「厚生労働省令で定める作業時間の基準に違反する」労働をさせることを禁じています。
労働者の健康状態の管理
労働者の健康状態を管理するにあたり、事業者・労働者にとって重要なのは、以下の3点です。
- 健康診断
- 健康管理手帳
- メンタルヘルス対策
事業者が、労働者の健康状態を把握する上で、健康診断はもっとも基本的な対策の一つです。
なぜなら、労働者の就業の可否を確認できますし、適正配置についての判断を安心して下せるようになるからです。
労働者側にとっても、健康診断を受けることには、病気を早期に発見できるなどのメリットがあります。
健康管理手帳とは、粉じん作業・石綿の取扱の業務といった、がんその他の重度の健康障害を発生させるおそれのある業務に従事していた労働者に対して、一定の要件を満たす場合に交付されるものです。
労働者が離職時・離職後に都道府県労働局長に申請し、審査が通れば交付されます。
職場におけるメンタルヘルス対策も、労働者の健康管理において重要なポイントです。
過労死や自殺など、従業員が深刻な状況に追い込まれてしまう状況を作ってしまうと、事業者・企業のイメージダウンは避けられませんから、未然に対策を講じることが重要です。
なお、健康診断・メンタルヘルス対策の詳細に関しては後述します。
快適な職場環境の形成
先にお伝えした作業環境の管理も含め、事業者は快適な職場環境を形成するための措置を講じるよう努めなければなりません。具体的には、以下のような視点から、設置・維持管理・改善が必要です。
作業環境 | 従業員が不快に感じないよう、空気の汚れ・臭気・温度・湿度等の作業環境を適切に維持管理すること |
作業方法 | 従業員が相当の筋力を要する作業につき、心身の負担を減らすために作業方法を改善すること |
疲労回復支援施設 | 従業員の疲労やストレスの回復につながる施設の設置・整備を行うこと |
作職場生活支援施設 | 職場で生活する上で必要な施設を清潔・使いやすい状態に保つこと |
また、事業者が特に注意すべきポイントとしては、照度・トイレ・休養室(休養所)・温度があげられます。
照度
労働者が常時就業するオフィスにおいては、作業面の照度基準が設けられています。一般的な事務作業は300ルクス以上、付随的な事務作業は150ルクス以上であることが求められます。
照度不足は、従業員の眼精疲労や不適切な姿勢を引き起こす可能性が高いため、すべての事務所に対して適用されます。
トイレ
トイレの設置や整備において、重要なのは「独立個室型の便所」についてです。原則として、作業場に設置する便所は、作業場の規模にかかわらず男性用・女性用に区別して設置しなければなりません。
また、男女の労働者数に応じて、設置が必要な便器の数にも決まりがあります。
しかし、同時に就業する労働者が常時10人以内である場合は、男性用・女性用に区別しない四方を壁等で囲まれた1つの便房に構成される便所、つまり独立個室型の便所を設ければ足りるとされます。
休養室(休養所)
休養室に関しては、常時使用する労働者の人数に応じて、男女別に分ける必要が生じてきます。
具体的には、常時50人以上・または常時女性30人以上の労働者を使用する場合、事業者は「労働者が横に慣れる」休養室を男女別に設けなければなりません。
ただ、一時的に使用するための空間であることから、随時利用できる機能さえあれば、休養室を専用の設備として設ける必要はありません。目的が達せられるのであれば、既存の設備を休養室として活用することも認められます。
また、労働者が夜間睡眠する場合、作業中に仮眠の機会を設けている場合は、睡眠・仮眠場所を男女別に設ける必要があります。
温度
事務所で空調設備を設置している場合、労働者が常時就業するスペースの気温については、18度以上28度以下という努力目標値があります。
空調設備が設置されている場所や、従業員の体質(暑がり・寒がりなど)にも考慮して、事業者は適切な温度管理を行うよう努めましょう。
健康診断について
労働安全衛生法では、従業員に対する健康診断について、事業者の義務を詳しく定めています。常時使用する労働者に関しては、雇入時以外にも、定期的に健康診断をする必要があります。
また、特定の業務に常時従事する労働者に対しては、別途健康診断を行わなければなりません。
雇入時の健康診断
雇入時の健康診断は、新たに従業員を雇用する際、事業者が従業員に実施しなければならない健康診断のことです。
また、具体的な項目は以下の通りです。
※出典元:厚生労働省|労働安全衛生法に基づく健康診断を実施しましょう~労働者の健康確保のために~
健康診断を行う際は、労働者が新たに働き始める直前・もしくは直後に行います。
自社で採用が決定していない段階で、候補者に健康診断を受けるよう要求する必要はありません。
ただし、3ヶ月以内に医師による健康診断を受けた人を採用する場合は、書面で結果を証明できれば雇入時の健康診断を省略できます。
定期健康診断
定期健康診断は、常時使用する労働者に対して、1年以内ごとに1回行う健康診断のことです。
具体的な項目は、雇入時の健康診断と変わりありませんが、身長・腹囲など一部の項目につき「医師が必要でない」と認めるときは省略できます。
実務の観点からは、大人数での健康診断など管理が煩雑になるケースも珍しくないため、検査項目をあえて省略するケースは少ないものと推察されます。
※雇入れ時健康診断とは|項目や費用・対象者など気になる点を解説
特定業務従事者の健康診断
危険にさらされる業務に従事する人・深夜の業務に従事する人など、一定の条件に当てはまる特定業務従事者に対して、事業者は特定業務従事者が対象となる健康診断を受けさせなければなりません。
検査項目に関しては、定期健康診断と同様の内容です。
しかし、実施のタイミングは、当該業務への配置換えの後・および6ヶ月以内ごとに1回となり、実施時期が定期健康診断よりも短くなります。
労働安全衛生法の改正について
労働安全衛生法について、1972年の公布から歴史を紐解いていくと、幾度か重要な改正が行われています。
2000年代に入ってからも法改正は行われており、2014年6月には「ストレスチェック制度」がスタート、2019年4月には長時間労働の是正を目的とした改正が行われている状況です。
また、労働安全衛生規則も、2020年・2023年に一部が改正されています。経営・人事労務の観点からは、こういった改正の要点を押さえておく必要があります。
以下、2010年以降の主な法改正について、順を追って解説します。
2014年6月の法改正
すでに多くの企業で導入されていますが、2014年6月の法改正において重要なのは、ストレスチェック制度です。
ストレスチェックとは、常時使用する労働者に対して、医師・保健師等による心理的な負担の程度を把握するための検査のことです。
労働者自身に「自分の抱えているストレス」に気付いてもらい、労働者のメンタルヘルス不調を未然に防止しつつ、それを働きやすい職場づくりに反映させるねらいがあります。
【ストレスチェックの流れ】
※厚生労働省|改正労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度について
ストレスチェックは、原則としてすべての事業者が実施しなければなりませんが、従業員数50人未満の事業場に関しては努力義務にとどまります。
ストレスチェック制度そのものの実施計画を作成するのは、衛生管理者など企業側の担当者ですが、実際にストレスチェックを行うのは医師・保健師などの実施者です。
調査結果は、労働者本人の同意があった場合のみ、事業主に通知され、検査結果を受け取った事業主は、検査結果に基づいて作成した記録を5年間保存しなければなりません。
検査の結果、心理的な負担の程度が高く、検査を行った医師が「面接指導を受ける必要がある」と認めた労働者については、医師による面接が行われます。
事業者側に労働者から面接指導の申出があった場合は、以下の方法で対象となるかどうかを確認します。
- 労働者本人から、ストレスチェック結果を提出してもらう
- 実施者(医師等)に、要件に該当するかどうか確認する
産業医等の医師は、事業者側からの依頼を受けて、労働者に面接指導を実施します。
面接指導においては、労働者の勤務状況・心理的負担・心身の状況などを確認し、事業者はその結果に基づき記録を作成します(5年間保存)。
また、聴取した意見をもとに、「通常通り勤務させてもよいか(通常勤務)」「 労働時間の短縮などを検討すべきか(就業制限)」「 療養のため休暇または休職とするか(要休業)」の選択肢から、事業者はどうすべきか判断しなければなりません。
いずれの選択肢を選ぶにせよ、労働者の状況を勘案して選択しつつ、関係部署との連携にも心を配ることが大切です。
2019年4月の法改正
2019年4月の法改正では、次の5つが主な改正ポイントです。
- 労働時間の状況の把握
- 面接指導
- 産業医
- 産業保健機能の強化
- 法令等の周知の方法
- 心身の状態に関する情報の取扱
労働安全衛生規則の一部改正(2023年)
労働安全衛生規則は、複数回にわたり改正が行われています。比較的最近の例としては、2023年4月1日から、以下の措置が義務化されることがあげられます。
※出典元:厚生労働省|事業者・一人親方の皆さまへ
事業者および人事労務担当者は、今後も一部改正が行われる可能性を鑑み、情報収集を怠らないようにしましょう。
まとめ
労働安全衛生法は、労働者が働く環境の安全衛生について定めた法律です。違反することで罰則もありますので、法改正の内容もチェックし、しっかりと遵守しましょう。
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求人情報誌発行・人材派遣の会社で広告審査や管理部門の責任者を18年経験。 在職中に社会保険労務士試験に合格し、2005年に社会保険労務士杉本事務所を起業。
その後、2017年に社会保険労務士法人ローム(本社:浜松市)と経営統合し、現在に至る。 静岡県内の中小企業を主な顧客としている。
顧客企業の従業員が安心して働ける環境整備(結果的に定着率の向上)と、社長(人事担当者含む)の悩みに真摯に応えることをモットーに活動している。